病気になる食卓

病院に運ばれる人の食卓 2

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治療が終わり、医学的には退院できる状態なのに、
自宅へ帰れないケースというのが結構あります。

 

 

なぜでしょう?

 

 

 

 

ご家族が冷たいわけではなく、本当は一緒に暮らしたい。

でも、

 

 

「一人でトイレに行けるようになったら家で看ます」

 

 

 

そんな言葉を何度も聞いてきました。

 

 

「本当は家に帰ってきてほしい」
「できることなら一緒に暮らしたい」

 

という気持ちは痛いほどあるのに、
それが叶わない。

 

家族みんなが寂しい、辛い。

 

 

 

 

でも

「トイレに行けるようになったら」というのは、

そんなに簡単なことではなく、

 

地道なリハビリの状況や、お家の中の状況もあり、

実はそう簡単にはいかない、というケースもあります。

 

 

 

もちろん、たとえば老老介護のように、

色々整えても難しいケースもありますし、

 

 

 

 

それでも、自分自身が健康でいることは、

自分のためだけではなく、家族を守ることにもつながると思うのです。

 

 

できるだけ長く自分の足で歩き、
できるだけ長く自分でトイレに行ける、
できるだけ長く、自分らしい暮らしを続けられること。

 

 

その土台になるのは、

病気になった後の話ではなくて、

病気になる前の毎日の暮らしの中にある。

 

 

病院でたくさんの「その後」を見てきたからこそ、
「そうならないため」の食事や健康づくりの大切さを感じます。

 

 

もう歩けなくなった、義父の両足を見るのが切ないです。

もっと早く○○だったら・・・という気持ちが溢れる・・・。

 

 

病院のベッド上でも後悔する声をたくさん聞いてきました。

 

 

 

「来週、孫娘の結婚式があるの。本当だったら私も参加できたのに。」

 

「孫の卒業式があって、その後食べに行くんですって。私も行きたかった。」

 

「息子の結婚式があるっていうのに、なんで俺ここにいるんだ?」

 

 

 

「もっと早く知っていれば」の現場にいたので、

深刻になる前にもっと早く伝えたい。

食卓を聞けば透けて見える未来。

 

 

 

病院で学んだことは、シンプルです。

 

 

 

 

健診結果で異常値が出たら、

すみやかに解決しておいた方がいい、ということ。

 

 

生活習慣病というけれど、

「習慣」だから、

自分でコントロールできるもの。

 

 

ダラダラ放置しておかないで、

適切に対応すれば、

3ヶ月あればどうにかなるもの。

 

 

 

 

 

季節が変わる前に、

 

動くべし。

 

 

 

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この記事を書いた人

村上裕梨
村上裕梨

1981年生まれ。父の海外赴任に帯同し、中学時代をタイ・バンコク日本人学校で過ごす。 料理好きの母の影響と、バンコクで触れた世界各国の食文化をきっかけに、食の世界に興味を抱く。 「医食同源」──食の持つ力に魅せられ、管理栄養士となる。 委託給食会社で病院給食業務を2年経験したのち、東京都千代田区の急性期総合病院に転職。 以降20年にわたり、乳児から超高齢者まで、ICU・内科・外科・がん緩和ケアを含む29科の栄養管理に従事。 医学雑誌・医学書・論文執筆、学会発表を多数経験。 2025年、義両親の介護を機に退職。 現在は夫と3人の子どもとともに、瀬戸内海の島を拠点としながら東京都千代田区との二拠点生活を送っている。 医療機関を離れた今も、生活習慣病の予防・改善を目的とした食事療法の普及に取り組んでいる。

村上 ゆり
Yuri Murakami

【プロフィール】

公的医療機関20年勤務 | 29科横断
管理栄養士


病院勤務22年

乳児から超高齢者、ICUから内科・外科・緩和ケア病棟まで
29の診療科の栄養管理に従事。

【略歴】

2003年 委託給食会社に就職
2005年 東京逓信病院に入職
2025年 介護のため退職


【保有資格】

管理栄養士免許

《認定資格》(2025年現在)
糖尿病療養指導士、がん病態栄養専門管理栄養士研修指導師、病態栄養専門管理栄養士、NST専門療法士

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